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 梅雨の合間の晴れた日は、すこぶる暑さだ。

 そんな時でも、オイラはぷらっとホームに向かう。

 日暮里駅の改札を出て、西側に出た。

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 この駅の西側の高台には、谷中(やなか)の霊園がすでに顔を見せていた。

 まずは、谷中銀座方面に向かう。

 緩やかな七面坂を上っていく。ちらほらと観光客の姿が見えた。通りに面した店舗をなだめていくと、谷中せんべいのお店や有名な佃煮屋などがあり、人だかりができている。

 その通りを今度は、下っていくと、前方に谷中銀座の看板が見えた。

 下町情緒を醸し出す有名な階段“夕焼けだんだん”を降りていくと、もうそこは、商店街にぶつかる。

 狭い商店街には、小さな商店が押し問答している感じ。

 平日にも関わらず、活気はそこそこ見受けられる。

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 この商店街で一番有名なのは、メンチカツ屋だ。軒先には、たくさんの芸能人の写真が飾られていた。

 お腹の空いていないオイラは、とりあえず差し控えることにした。

 この通りを見ていて気付いた。どのお店も木彫りの手製の袖看板を掲げている。実に面白いではないか。

 床屋であろうが、スーパーだろうが、ちゃんとオリジナリティーを十二分に生かしたセンスが見事に光っている。どこにでもある商店街とは、一線を引いている姿が窺える。

 全体的なレトロな雰囲気が、人気を博しているのだろう。

 そんな通りを過ぎると、千代田線のある千駄木方面に向かった。

 駅の西側に出ると、また坂道が見えた。ユニークな名前で有名な団子坂が現れた。

 江戸川乱歩正岡子規など有名な著名人の作品に登場する坂として有名らしいが、目の前にある昇り坂には、車の往来が多く、やはり当時の面影とは、きっとかけ離れているのではないかと思う。

 そんな坂を上るきり、左折すると、簡素な住宅地に入った。

 ほとんど人通りがない。網の目の宅地の路地を進むと、意外なところに風情のある坂道がある。それも一つではない。

 ちょっと写真にすると、暗くてみえないだろう。伝えられないのが残念だけど、そんな隠れた名もなき坂道のほうが、けっこう面白かったりする。

 静まり返った小路を進んでいくと、日本医科大学の白い建物が見えてきた。

 その建物の裏通りを過ぎると、T字にぶつかる。その道を右に折れ、20mもしないところに、かの有名な人物に出会う。

 誰かと言うと、漱石である。

 小さな路地の隅にそれはあった。かつて彼がこの地に住み、”我輩を猫である”を書き上げたといわれる場所。

 現在は、石碑と猫の像があるだけの、ちっぽけなありさま。(何か寂しいよな。もっとかつての面影を残す措置はとれへんかったんかな)

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 そんな文句をたれていた。

 さて、医大の正面に回ると、付属病院があるため、たくさんの患者や院内職員が往来していた。 

 その中でも、産婦人科が人気なのか、やたら妊婦が目立つではないか。 (暑い中たいへんそうやなあ)

 病院の前の坂を東に下ると、右手に緑一面の場所が現れた。根津神社である。

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 境内を見回すと、権現作りの本殿や変わった楼門などけっこう面白いつくりになっていた。

 また、けっこう花が多く、特につつじが有名らしい。

 時期は過ぎているものの、壇上で丸くなったつつじの群れは、日に照らされ、輝いて見えた。春に見るともっといいのだろう。

 さあ、ここで一休み。木陰の石椅子に座って、朝つくってきた握り飯三個をほうばった。 

 一息ついた後、さらに東を目指すと、また千駄木の駅前の通りの道、不忍通りに出た。

 神社の入り口の近くに確か有名な鯛焼き屋があったはず。オイラは、エサにつられるように、足を泳がせていった。

 根津のたいやきやも、谷中メンチカツと同様、有名人の写真や色紙が飾られていた。

 オイラの前にいた客が、やたら長い。どうやら、たくさん注文したらしい。

 待つこと5分。まだ、終わらない。

 オイラがふと後ろを振り向くと、いつも間にか、長者の列ができている。(六人もならんでるやん。たいやきやで?ありゃまあ~)

 それから3分後、やっとオイラの番。

 おばちゃんが注文を聴きにきた。

 「お兄さんいくつ?」

 「すません。二個でもいいですか?」

 昼食後である。そんなに食べれないのだ。

 「はい」と言うと、一生懸命鯛焼きを焼く親父に注文を入れた。

 その間、奥の方にいる若めの女性のエプロンに目がいった。良く見ると、THの組み合わせの柄の刺繍がしてある。しかも、黄色黒色ではないか。

 これはもしや!

 すると、さらにその奥で作業をしている中年の男性の背中に熱い視線が泳いだ。

 ダークグレーのシャツに黒字に背番号6と書いてある。

 兄貴ではない。

 余所見をしていると、いつの間にか、おばちゃんが袋詰めをしていた。

 オイラは、お金を出すとともに、口走った。

 「すいません。このお店阪神ファンのお店なんですか?」

 すると、ちょっと微笑んだ後、

 「二番目にね」(何?)

 何か意味深な言葉が返ってきた。

 「私、阪神ファンなんですよね」

 オイラは、とりあえず言ってみた。

 すると、

 「それはいいですね」(え?)

 またもや、捕らえどころのない返事ではないか。なんだろう。そんなに関東では、阪神ファンということが、憚られるのだろうか。もしや、商売に影響するとか。

 でも、あんだけ大げさにファンのコスチュームを着ているんやから、もっと堂々とアピールしてもよさげやと思うのである。

 さて、冷めぬうちに頂かないと。

 鯛焼きでしたね。

 せっかくGETしたのだが、どこで食べようかと、場所を探しあぐねていた。

 辺りに座るところが、ぜんぜん見当たらない。

 仕方なく、しばらく目標方向に歩いていった。

 しばらくすると、次の的である三浦坂が前方に見えてきた。

 勾配のキツイこの坂は、江戸時代に三浦家がこの辺りを牛耳っていたということから、この名がつけられたという。

 その坂をオイラは上っていく。ほんと暑い一日なので、この坂道が身にこたえる。

 風情があるかと言うと、これ疑問。

 これまで、有名な坂ほど、肩透かしにあってしまう。(なんでやろ)

 落胆で肩を落としていると、上りきったところに、石座を発見。

 オイラは、鯛焼きに期待した。

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 頭からがぶりといった。

 表面の皮がやたらと薄い。あんこは尻尾までぎっしり入っているいるものの、所々にあんこが飛び出ている。

 小豆の味は、いたって普通に美味しい。

 一個食べてみた。

 満足感がない。

 そして、二個目を食べる。

 これで、やっと一個分の満足を得たような感じ。

 ボリューム感がなさすぎである。

 これで、一個140円なのだから、恐れ入った。

 何でこんなに人気なのだろう。オイラには、理解に苦しむのである。

 オイラは、子供のころ、たいやきが大好きだった。

 当時、自分のなかでは、かなりの奮発品。なけなしの小遣いで当時50円だった近所の鯛焼きによく行ったもんだ。

 そのことと今は物価や体型が違うかもしれないが、もっと値段相応のものを期待していた。実に残念である。

 さて、気分を変えねば。

 その後、オイラは谷中の寺院道を歩いていた。

 途中には、有名なヒマラヤ杉の大木ギャラリーに変貌した元銭湯など、散策の名所が顔を見せる。
 
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 やがて、谷中霊園の入り口に到着。

 道の左右には、石材店花屋、また、桶屋?などが立ち並んでいた。

 このまま行くと、墓の中央を進む桜並木道が、真っすぐ伸びていた。

 ふと、右手奥にある墓群を見ると、看板に目が静止した。

 『徳川慶喜の墓』(マジ!)

 しかしである。

 さらに、もう一個看板があった。

 『拝観料頂きます』(マジ?)

 何でもお金取るんですなあ。

 オイラは、その看板表示にうんざり気味。

 暑いと脳の神経までやられてしまう。落ち着かせよう。

 おいらは、桜道を進む。

 なんせ、桜の大木が空を覆っているため、ひとときの清涼を感じさせるのだ。犬を散歩している人もいた。(やっと涼しいやん) 

 谷中の広大な墓石が、ずらりときれいに区画されていた。大変の数なので、ちゃんと場所ごとに区画ナンバーがつけられていた。

 慶喜氏や横山大観など、たくさんの著名人が眠りについているが、一度ゆっくりお参りするのもいいかも。歴史を偲ぶ奥ゆかしい時間になるかもね。

 オイラは少し木陰で涼しんだ後、角に交番がある交差点を左折し、観音寺の土塀に向かった。

 観音寺は、瓦と土を交互に積み重ねた土塀が有名。ちょうど、わき道にあるため、風情があってなかなかいい。

 070726_1357~01.jpg


 ちゃんと、周りの家々とも溶け込んでいて、いいではないか。

 オイラはしばらく佇んだ。

 しかし、暑い。夏はやはり撮影はたいへんだ。

 主要道路を進むと、やがて、元の七面坂の通りに戻ってきた。

 たしかこの近くに岡倉天心公園というのがあったはず。

 おいらは、地図を頼りにいってみた。

 人通りの少ない路地を入っていく。

 古い家々が立ち並ぶ閑散とした路地を進むと、ぽつんとした緑の一角が見えた。

 3LDKほどの広さに庭をつけましたよと、言うべきサイズの公園があった。

 しかし、緑で全体が覆われていて、実に内部は暗い。遊戯施設はあまりなく、子供も一人も遊んでいない。

 公園の周囲は、長屋の裏窓が七割を占めていて、怪しげ。

 ここは、どちらかというと、家なしの人向きかもしれない。そんな空気を感じてしまった。

 岡倉天心ともいう大先生の公園がこれでかわいそうである。(何とか地元のみなさんなんとかしてよ)

 この周辺には、古いアパートも多く、風情においては抜き出ている。(なかなか渋い物件に出会えるぞ) 

 再度、夕焼けだんだんで軽く撮影して、オイラは谷中を後にした。

 帰り際、日暮里の東側の大きなビル群が気になったので、ちょいと覗いて見ることにした。

 駅の左右で何でこんなにも違うんだろう。

 東側は、近代的な建物が立ち並ぶどこにでもある東京の繁華街。

 日暮里という地は、二つの顔を持つ分岐駅である。

 (しかし、夏はキツイですなあ)

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 



 

 

 

 

 



 

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07.29 (Sun) 20:45 [ 未分類 ] CM1. TB1. TOP▲
  
コメント

その周辺はうちのテリトリーなので、今度きたら立ち寄ってくださいな。
まめこ
---------- まめこ [ 編集] URL . 07/29, 22:37 -----
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三浦霊園
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