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 はい!こんにちわ、統括部長のフッキーです。 

 何か急に寒くなってしまいましたね。おかげで急遽、長袖を引き出してこないといけないので、あたふたしている今日この頃です。

 さて、今日は皆さんもご存知のビルマ(現ミャンマー)の民主化問題についてお伝えしたいと思います。 

 今回の事件は、ミャンマーの国民ばかりでなく、日本人ジャーナリストまで被害にあい、我々も他人事ではありません。 

 そんなミャンマー問題をレポートしてくれるのは、サム&ソンさんのお二人です。よろしくお願いします。

 
 サム&ソン 「アニョハセヨ!」(録音)

 サム 「こんばんは、サムです」(録音)

 ソン 「ソンです」(録音)

 サム&ソン 「二人合わせてサムソンで~す」(録音)

 サム 「こんばんは、サムです。さてさて、TODAYはですね。ミャンマー問題について、レポートしたいと思います。しかしなんですな。軍事政権のやり方見てますと、もうワヤだがね。武器も持たないPE0PLEに対して、銃を突きつけるなんて、どえりゃあ卑怯でしょう。

 そんな国に早速、我が弟ソンが現地よりレポートしてくれます。オーイ!ソン!」

 ソン 「はい!ソンです。只今ヤンゴンのスーレー・パゴダに来ております」 

 サム 「それでは、そちらの状況をお伝え下さい」

 ソン 「はい!ヤンゴン中心部に建つスーレーパゴダの輝きとは対照的に、辺りは人気も少なく閑散としております。通りに面した商店は軒並み破壊されており、騒動の大きさを露呈しております。 

 そんな状況下、所々で銃を構えた兵士が巡回している姿がちらほらと見えます。市民はなすすべがない、そんな表情を浮かべております。まさに、町全体が喪に付している、そんな状況であります」

 サム 「そうですか。今後も民主化運動が起こるような気配はなさそうですね?」

 ソン 「郊外の一部では、僧侶を中心に行われたところもあるようですが、簡単に制圧された模様です」

 サム 「そうなると、今回も市民は泣き寝入りするしかないですかねえ?」 

 ソン 「それは否めないのですが、諸外国からの軍事政権に対する圧力に頼らざるを得ないという状況でしょう」

 サム 「現況はわかりました。次に、これまでのミャンマーの民主化運動及び軍事政権についての流れを少しお話いただけますか?」

 ソン 「はい。まず、現ミャンマーは、イギリスからの独立後、連邦制となったのですが、1962年、時の国軍総司令官であるネウィンによってクーデターが行われてしまい、方針を社会主義へと転換されてしまったのです。もうすでにこの時点で軍事政権が誕生していたのです。 

 その後、1988年、ラングーン(現ヤンゴン)工科大学生と地元有力者の息子との喫茶店での喧嘩の間に入った警官が、学生を射殺してしまい、怒った学生たちがデモを組織し、それがあれという間に、市民に広がったと言うわけです。

 その民主化化運動のため、ネウィン議長は辞任することなりましたが、ここでまたもや国軍がクーデター起こし、新しい議長が多くの尊い市民の命を奪ったのであります。

 それから二年後、30年ぶりに総選挙が行われ、かの有名なアウンサンスーチー率いる国民民主連盟(NLD)が圧勝したのです。

 しかし、この軍事政権は、選挙の結果を認めず、勝手に新しい憲法設定過程を示したのでありました。

 この内容が凄いのです。 

 ① 選挙で当選した議員は憲法制定のための議会の議員に過ぎない
 ② 議会は当分の間、開催しない。
 ③ 代わりに軍政が選んだメンバーによって構成される制憲国民会議を別個に設置し、新憲法の草案をつくる。草案の原案は軍政が提示する。などなど。
 

 選挙で負けたものが、駄々をこねて居座っている。まるで子供みたいな話なのであります。

 さらには、国民の顔となった民主化運動を続けるアウンサンスーチーを、目の仇にし、自宅から出さない。いわゆる監禁状態にさせたわけです。

 こんな政権、本末転倒ですね」

 サム 「何か聴いてると、凄い国ですねえ」

 ソン 「まあ、我々先進国からすると、考えられないですね。選挙に負けた政党が政権の座から辞さないなんてね」

 サム 「それは酷い話だ。アンビリーバブル!」

 ソン 「その後なのですが、1992年に新しく議長に就任したタンシュエが、現在までずっと独裁者として政権を握っているわけです」
 
 サム 「なるほどねえ」

 ソン 「私からは以上ですかね」

 サム 「どうもどうも、カムサハムニダ。充分気をつけてくださいね」

 ソン 「はい、わかりました」

 サム 「やあ、聴けば聴くほど不快感を抱きますね。

 では、こんな国に対して諸外国はどう対処しているかは、私から報告したいと思います。

 まずはJapanから 

 新しく発足したしたばかりののび太政権

 『遺憾なことが起こっている。解決するには何をするのがいいか、考えていかなければならない』

 これ見たってちょ。何とも当たり障りのない言葉だがね。自国民が被害にあったというのにのんきですなあ。ドラえもんにでも相談してちょよ。

 そして、Americaは世界の舞台にやっとかめとばかりに、颯爽とミャンマー問題に首を突っ込んできたがね。 

 相変わらず、ヨーロッパ諸国と手を組み、経済処置などを検討している。

 また、ChinaとRussiaは内政干渉だと言い放つ。

 国民が多数命が奪われているにも関わらず、その国の問題はその国で解決してちょってか。

 まあ、この両国は、ロシアのチェチェン問題、中国は民族問題などがある。

 それぞれ自国の人種問題を解決できない国が、他国の問題解決などできるわけがないでしょうね。

 この中でも、中国は特にミャンマーとは、でら仲がいい。 

 経済支援の見返りに、ミャンマー領域内での天然資源の採掘権を獲得していることや、インドに対するための軍事拠点の港を確保していることなどは他の報道で論じられている。

 その他にも、経済面でも大いに関係している。

 ミャンマーの商店に並んでいる製品・商品は90%近く中国製だと言われている。 

 もしこの軍事政権が倒れて、民主主義になったら、一番困る国は間違いなく中国に決まっとるがね。

 このように中国ばかりせめているが、実は日本政府も攻められる話題がある。

 太っ腹の日本政府は、世界中にODAと言う形でお金をばら撒いているけど、ミャンマーにおいては特に太っ腹。 

 2002年12月、ペテン師小泉首相の下、日本政府はミャンマー政府に対する円借款をすべて放棄したのである。

 その額何と2735億! 

 ミャンマー政府の全体の借金の30%に値するのである。

 さらに、その年の7月には、ミャンマーで活動しているユニセフに7億近い金額を無償で送っている。これは、1998年から行われており、これは四回目だそうだ。 

 この無償支援は、健康医療拡充のためにしていることなんだけど、そのユニセフからミャンマーの母子保健協会に行くところに問題がある。

 なぜなら、その母子保健協会の会長は、ミャンマー軍事政権のナンバー3(94年に失脚)のかみさんなのである。 

 こういう流れだから、日本が援助するたびに、軍事政府は潤うと言っても過言ではないでしょう。

 要するに、悲しい話、我々の血税が、軍事政権の資本の元になっている可能性が強いのであります。

 そう思うと、どえりゃあむかつくでしょう。  

 今回ののび太政権の下では、中国に気ばかり使うから、間違いなく大きな制裁をしないことは、もう見え見え。

 日本人が被害にあっているにもかかわらず、この対応では先はそう長ないわ。

 こうして、各国の対応をお話してきましたが、国連の特別顧問が現地したので、我々としては、平和的解決に期待したいと思います。

 なお、当社では、皆様からの事件・事故、及び感想、ご意見などを募集しております。ご連絡は、各記事の下にあるCM(コメント)をクリックして下さい。どんどんお待ちしております。それでは、本日はこの辺で、サムでした」 

 
 ※ サム 
    生まれは韓国だが、学生時代から名古屋で生活していたらしい。


 
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09.30 (Sun) 22:17 [ 未分類 ] CM0. TB0. TOP▲
  
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