上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


 「みなさんこんばんは
統括部長フッキーです。 

 やあ、暖かくなってきましたねえ。この暖かさで、近所にある用水路沿いに立ち並ぶ早桜の花が顔を覗かせました。とても美しい情景にホレぼれ。やあ、日本はいい国ですね。 

 そんな春の訪れが待ち遠しい昨今、みなさんいかがお過ごしですか。

 今日はですね。暴走するシベリア鉄道のロシア号についてお話していただきましょう。
それでは、担当は前回に引き続き、政治部タコ三宅さんにお願いします。どうぞ」



 「どうも、タコ三宅じゃ。 
 今日は、海外の動きについてお話しましょうか。それじゃ、始めるぞ。

 乗客1億9000万人を乗せたシベリア鉄道のロシア号の新しい筆頭運転士を決める投票が2日に行われましたね。 

 大方の予想通りめどべーじぇふ第一副運転士が選ばれ、前のぷーちん氏筆頭運転士の路線を継承することとなった。


 futari.jpg


ぷーちん氏は、これまで8年間暴走し続けてきたと思われるが、今回筆頭からは退くものの第一操縦士として、子分のめどべーじぇふ氏とともにハンドルを操ることに落ち着いた。 

 そして、四年後に、また筆頭操縦士を目指すと言う20年体制を目論んでいるようだ。

 しかし、今回の選出について、武闘派から大きな批判を受けてもいる。 

 なぜそんなに批判されるのか。この8年間にどんな暴走運転をしてきたのか。それを検証するにために、まずは一冊の本を紹介しよう。

「ロシアン・ダイアリー」/ アンナ・ポリトコフスカヤ


 ロシアン・ダイアリー

 
モスクワの新聞社に勤めていた彼女は、国内外で高い評価を受けていたジャーナリストであった。 

 この本は、2003年12月から2005年8月にかけて、運転士や機関士や車掌たちを見てきた彼女の記者として取材した日々を綴っている。  

 その内容を見てみると、これが凄い! 

 この日記の主な内容はこのようになっている。

     ・ テレビ討論会での茶番劇
     ・ 人権運動家たち・及び人権団体への圧力
     ・ 軍国兵の内部事情
     ・ 選挙権の剥奪及び不正選挙
     ・ 権力の横暴
     ・ チェチェン人及びイングーシ人への攻撃


 まあ、だいたいこうようなことが、赤裸々に紹介されている。もしこの内容が嘘だと言うのなら、ここまで詳細に記すことができるのかどうか。

 この項目で一番わかりやすいのは、やはりチェチェン問題だろう。では、少し紹介しておこうかね。

 1994年、ロシア号は、独立を目指すチェチェンエリアに侵入した。暴走する列車は、たくさんの人々を跳ね飛ばし、建物を崩壊し、暴れまくった。やがて、中心部であるグロズヌイに到着し、大きな汽笛を鳴らし、勝利宣言をした。

 しかし、中には、その汽笛に耳を貸さない連中もいた。五年後、暴動化する連中を鎮めるため、再度チェチェン内に侵攻し、前回以上の暴れっぷりで、またもや制圧。 

 この二度目の侵攻の士気を執ったのが、ぷーちん氏であり、これを機に彼の株が大きくなり、筆頭運転手の道が開かれた最大の出来事であったわけだ。 

 まあ、このような出来事において、その背景にどのようなことがあったのか、そしてどうなってしまったのか。彼女は、この出来事を克明、かつ丹念に書いていたのである。 

 なぜ、過去形で書いているかって?

 そう、もう彼女はこの世にいないからなんじゃ。 

 2006年10月7日のことである。自宅のアパートのエレベーター内で、何者かによって暗殺されてしまったんじゃ。 

 彼女が勤めていた新聞社の意気込みにもかかわらず、いまだ事件は未解決。

 これで、ぷーちん筆頭運転手に代わってから、12人もの乗客ジャーナリストたちが命を奪われたことになった。しかも、その事件すべて犯人が見つかっていないというから不思議なんじゃ。

 それから一ヶ月もたたない11月1日のことである。

 今度は、イギリスに亡命していた元KGB(秘密警察)アレクサンドル・リトヴィネンコ氏が、毒を盛られ死亡した。 

 彼も生前、ぷーちん氏のむちゃな飲酒運転ぶりや体当たりなどの傍若無人ぶりを告発していた一人であった。しかも、そればかりでなく、ポリトコフスカヤの死を調査していた人物でもあると言う。

 そして、ポリトコフスカヤ同様、彼の死も、大きな物議をかもし出すことになった。

 やがて、1本の映画がつくられた。 

 「暗殺リトヴィネンコ事件」

  
 リトビネンコ


   http://litvinenko-case.com/aboutcase.html

 それでは、検証第二に入ろうかのう。

 このドキュメンタリー映画は、リトヴィネンコと親交のあったロシアのアンドレイ・ネクラーソフ監督が手がけた問題作。 

 ネクラーソフ監督は、あのロシアの巨匠タルコフスキー監督の助手を務めた経歴を持ち、海外でも評価が高い。

 そんな彼のこの作品が、2007年のカンヌ映画祭で、急遽公開され、論争を巻き起こしたのもまだ記憶に新しい。 

 何故、彼は殺されたのかを問うこの問題作品は、現在国内各地で上映されている。こんな映画をつくった彼の自宅が何者かによって荒されたそうだ。

 この事件も謎が多く、やはり犯人が捕まっていない。 

 この事件後、イギリス政府は、ロシア号の乗組員アンドレイ・ルゴボイ氏を容疑者として、身柄を要求している。しかし、断固と拒否を貫くロシア号の運転手たちであった。 

 このように、暗躍していると思われても仕方がないようなロシア号の暴走振りは、西側諸国及びアメリカからも批判されているのが現状である。


 200px-Putin_28cropped29.jpg


 だが、中にはこういう人もいる。 

 日本を代表するロシア号通の佐藤YOU氏だ。 

 彼は、外交官として、ロシア号の車両に乗ったことがあり、情報収集や分析のエキスパートと言われている。

 かつて、背任容疑で逮捕歴のある人物でもあるが、「国家の罠」がベストセラーになり、現在は作家であり外交官でもある。 

 そんな彼が、先日発売されたとある雑誌の記事の中でこんなことを言っていた。

 “ぷーちんは、権力君主ではなく、愛国者である”

 彼ほどのロシア精通人間が、アンナ・ポリトコフスカヤの本を読まず、リトヴィネンコ事件を知らないとでも言うのだろうか? 

 わしは、彼のこの意見に対して、理解しがたいところがある。 

 普段、彼は、国家暴力に鋭いメスを入れることで好評な人物といわれているが、この記事内容において、疑問が残るんじゃ。  

 さてと。

 今回、ユーラシア大陸を暴走するロシア号についてお話いたしましたが、いかがでしたかな。
少々長くなってしまったのじゃが、最後までお付き合いしていただいた読者には、ほんと感謝感謝じゃ。 

 それでは、今日はこの辺で。タコ三宅でした」 





 ※ なお、当社の概要については、2007年9月28日の報告をご覧下さいませ。

  
 
人気ブログランキングへ



スポンサーサイト
03.05 (Wed) 17:53 [ 未分類 ] CM1. TB0. TOP▲
  
コメント
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
---------- [ 編集] . 04/20, 02:17 -----
コメントする









       
トラックバック
トラックバックURL
→http://monsieur1192.blog89.fc2.com/tb.php/171-1f2daa12
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)


     
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。