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 「みなさんこんばんは。
 統括部長フッキーです。 

 長かった雨が止むと、暑さが少し戻ってきましたね。しかし、今晩はなかなか涼しいようですが、みなさん、よい週末を終えましたでしょうか?

 さて、本日は、先日新たな連載を開始しました 『ムッシュのヒツジーランド奮闘記』第二話になります。

 そう、我が社の社長であるムッシュの若き日の紀行記を紹介するものでありますが、強面の男の住む家での居候生活は今後どうなるんでしょうかね。それでは、はじまります」



 ★ 第二話 『インターンの世界へ』


 予想もせぬ展開で幕を開けたニュージー生活。

 この地に辿りつくまで、さまざまな経緯があったが、ここで簡単に触れておきたいと思う。

 ニュージーでの生活は、インターンシップ制度を利用しての滞在である。 

 インターンシップとは、留学と違い、働くのがメインである。そのプログラムは、取り扱う会社によるが、派遣場所も違えば、内容も変わってくる。 

 何故、このインターンに興味を持ったかって。それにはいろいろな経緯があるが、まず海外に行くには、英語の問題が出てくる。 

 オイラは、この地に踏み入れる前は、音楽関係の仕事をしていた。ちょうど、入社1年目のあるとき、社員旅行に行くことになった。場所はグァムである。

 初めての海外旅行で、オイラは浮き足立っていた。現地に行くと、もうそこは楽園。見るものすべてに好奇心が湧いていた。 

 そんなある日、宿泊ホテルの庭を散歩していたとき、掃除をしている外国人と出会った。 

 オイラは、気軽に挨拶をして、彼の出身地を聞いたりしていたが、その先の会話が続かない。オイラは、この瞬間、もっと話せれば、と思ってしまったのが事の発端なのである。 

 それから日本に帰ってきた後、会社が輸入版のCDを直接海外から扱う話になり、イギリス現地から来日をすると段取りになっていった。

 オイラも一様、輸入版にも携わっていたので、今後のことを考えると、話せたほうがいいと思い、英会話学校行きを決意したのである。

 たまたま街で紹介された英会話教室に、オイラは積極的に授業に出ていた。少しずつ、顔見知りも増え、友達になっていった。  

 この英会話教室を通じて、たくさんの人と触れ合うことができ、少しずつ語学力がつき、さらに英語に興味を抱くようになる。いつしか、それが当たり前のような生活になっていた。
 
 次に、仕事の問題である。

 順調にいっていると思えた当時の会社。しかし、入社6年近くになってきて、先の雲行きが怪しいという話が流れてきた。かなりの情報筋なので間違いだろう。その話はどんどん広まり、従業員は、やたらと敏感になっていた。

 オイラもやはり考えた。同じ業界に転職をしようかと考えたが、近頃CDが売れない社会なので、どの音楽関係も厳しい状況にあった。独立するにも、この世界ではなかなか難しい。 

 何かこの先役に立つことがないかと考えた時、せっかくこれまで習ってきた英語を何か試す場がないかと考えていた。

 そんなある日、オイラは地下鉄に乗っていた。そして、つり革に手を伸ばそうとしていたときである。中吊り広告に目がいった。<これや!>

 そこに海外インターン募集の広告が載っていたのである。これでオイラは会社を辞める決断をした。 
 
 お次は、インターンの内容の問題。

 オイラは、その広告に掲載されている会社の募集に応募することにした。留学する方法もあるが、年齢的に無理が生じていたからだ。 

 何とかインターンシップの試験をパスしたオイラは、いよいよ詳しいプログラム内容に話が移っていた。

 プログラム内容にもさまざまな職種がある。ツアーオペレーター、ダイビングインストラクター、ウェディング・プランナーなどなど。

 その中でオイラは、スクールインターンを選択。子供が好き。それが選んだ理由だった。 

 オイラの両親は、長男と長女であった。よって、長男に生まれたオイラは、お盆や正月になると、必然的に一番上。子供の時から、子供を世話していた記憶がある。世話がやけるけど、やはりどこか可愛い。そんな子供たちに日本語を教えながら、過ごせれば最高と思ったのである。 

 こうして、オイラは日本人非常勤講師としてスクールインターンすると決まったのである。 

 そして最後、期間と場所の問題です。

 期間は、海外で過ごすには、聞いたところでは、半年以上は必要だと言うので、金銭面のこともあり、すんなり半年に決めた。

 そして、場所であるが、漠然と候補に挙がっていたのが、カナダとオーストラリア、そしてニュージーランドの三ヶ国。

 オイラが当時、英会話教室に通っていたとき、いろいろな国の先生に出会った。その中でも印象的だったのが、ニュージーランドから来ていたマーク先生

 オイラは、いつも彼の授業を優先的に取っていた。江角マキコファンの彼に、クリスマスプレゼントに写真集を贈ってあげた。彼が凄く喜んでいたのを今も覚えている。 

 その後も、ニュージーから来た姉妹の先生たちと出会った。 

 当時、定期的に行われるパーティーで、初参加の彼女たちとオイラは仲良くなった。

 そして、パーティー終了後に彼女たちがクラブに行きたいと言い出した。 オイラは、彼女たちと一緒に繁華街に繰り出し、結局お立ち台で踊っていた。 

 初対面とは思えない出会いを経験をし、ニュージーランド人への親近感がいっそう増した。 

 しかし、それだけではなかった。 

 20代頃、オイラも普通に恋愛し、好きな女性がいた。 

 とある彼女と、9ヶ月ほどで別れてしまったが、時よりお互い連絡を取っていた。そんな状態が、2・3年続いた。 

 そんなある日、1年ぶりぐらいに彼女から連絡があった。何かと思ったら、留学に行くと言うのだ。

 どこに行くのかと聞くとニュージーランドと言う。その心細く、か弱い口ぶりから、オイラは勝手に待つことを決めた。それから、1年が過ぎ、オイラは、実家に戻っていた彼女と、何とか連絡がついた。 

 1年ぶりに聞いた彼女の声。これまでの彼女のトーンではない。別人のように、生き生きと弾んでいるのである。何かが彼女の中で変わったのだろう。 

 そして、2・3度連絡を取っていると、だんだん彼女の新しいチャレンジ精神を感じるのが、電話口から伝わってくる。すべてを新しく始める!そんな気持ちばかりが、伝わってきた。 

 3度目の電話を終えた後、彼女の中にもう自分の存在はいないことに気付いてしまった。  
       
 オイラも、早く新しい道を歩もうと決心したのである。 

 それからというものの、彼女が見たニュージーランドと言う国。オイラも見てみたいという気持ちが募って、仕方がなかった。最終的に、これが決定的となり、ニュージーランド行きを選択した。

 彼女を変えた国。そして、次は自分も変わりたい。ある面では未練がましいかもしれない。そう思われても仕方がないだろう。

 でも、それが正直な自分の気持ち。嘘をつくことはしたくない。 

 ちゃんと、オイラもけじめをつけたかった。この南半球の遠い国に新しい何かを見つけて帰りたい。

 このような紆余曲折があり、オイラはこの地にたどり着いたのであった」




 「はい、フッキーの再登場です。

 何か今回は、ちょっと赤裸々な話になっていたようでしたが、社長のインターン生活は、今後どのようになっていくんでしょうかね。
 さて、最後は、当時の社長の心境を少し語るような音楽で占めたいと思います。
 それでは、今日はこの新しい名曲です。どうぞ」
 
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 ※ なお、当社の概要については、2007年9月28日の報告をご覧下さいませ。

 
 
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