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「みなさんこんばんは
 統括フッキーです。 

 いやあ、ホント寒いですよね。梅雨にしては早すぎるし、いったいだないなってんですかね。 

 さて、今回はお久しぶりのコーナーになります。ソン記者の私的な音楽コーナーになります。 

 海外から早速お帰りになったばかりですが、疲れも見せず、紹介していただきます。。それでは、お願いしましょうか。どんなミュージシャンが登場するんでしょうかね。ソンさんお願いします」




 「はい、みなさんこんばんは。社会部のソンです。毎度! 

 日本に帰ってきたところで、さっそく我がコーナーの登場です。やあ、いそがしいそがし。

 さあ、三回目の今夜はこちらを紹介しまんがな。


 ● ASTOR PIAZZOLLA(アストル・ピアソラ)
 

 ピアソラは、タンゴの革命家、作曲家、バンドネオン奏者の巨匠として、最も尊敬できる音楽家の一人であります。

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 彼は、アルゼンチンの地にて、イタリア移民三世と生まれました。 

 4歳の時、一家はニューヨークに移住し、15歳までアメリカ生活を過ごし、この頃は主にジャズを聴いていたという。 

 その後、アルゼンチンに戻り、親父の開くレストランでバンドネオンやハーモニカを吹いていたが、ラジオから流れたエルビーノ・バルダーロ楽団の演奏を聞いて、タンゴの豊かな音楽性に感化したのであった。  

 そして、1939年トロイロ楽団に加入し、バンドネオン奏者として頭角を現していくのである。

 1944年にトロイロ楽団を脱退すると、自らの楽団を率いオーケストラ編成のタンゴに邁進したが、タンゴに音楽的限界を感じ楽団を解散させてしまう。そして、その心はクラシックへと流れていった。 

 クラシック作曲家を目指し、渡仏したアストル・ピアソラはパリナディア・ブーランジェに師事。アストル・ピアソラの音楽的背景に、タンゴの原風景を見たナディア・ブーランジェはその事を指摘した。 

 タンゴに対するアストル・ピアソラの新リベロタンゴ奇跡の競演はこちらしい試み"タンゴ革命"の始まりである。 

 1955年アルゼンチンに帰国したアストル・ピアソラは、エレキ・ギターを取り入れたブエノス・アイレス八重奏団を結成。

 あまりにも先進的な音作りに、保守的なタンゴファンから「タンゴの破壊者」と揶揄されるほどだった。しかも、命まで狙われたほど。 

 結局、アルゼンチンでは認められなかったピアソラは、ニューヨークに地盤を移し、ジャズ・タンゴと呼ばれる音を想像したのだった。 

 1959年、父の死に捧げた代表作『アディオス・ノニーノ』を完成させ、1960年にアルゼンチンに帰国。そして、アメリカでの人気を受け、ふるさとにも明るい日差しが見えはじめ、新たなタンゴがスタートしたのである。 

 バンドネオン、バイオリン、ピアノ、エレキギター、コントラバスからなる五重奏団を編成しピアソラ楽団の標準的編成となっていく。

 アストル・ピアソラは五重奏団を一つの完成形としながらも良い音を求め、八重奏団、九重奏団、六重奏団と、様々な編成に取り組んだ。しかし、アストル・ピアソラを代表する編成は、やはり五重奏団である。

 それでは、彼のたくさんのアルバムから代表的なアルバム『タンゴ・ゼロ・アワー』から聞いていきまっか。 


タンゴゼロ


 お勧めは、1・2・3・5・曲目かな。

 1曲目の『タンゲディアⅢ』は、フェルナンド・E・ソラナス監督の映画“タンゴ―ガルデルの亡命”のために書かれた曲。 

 まもなく訪れるてこようとする出来事を、見事な緊迫感に満ちたサウンドで表現している。 

 2曲目の『天使のミロンガ』は、ピアソラの代表曲の一つ。天使を題材にした作品は他にもあり、それらは舞台のために書かれたものだ。寂しさ、刹那さと共に官能も感じさせる素晴らしいバラードである。 

 3曲目の『キンテートのためのコンチェルト』は、このアルバムの中で一番個人的に好きな曲だ。
 
 スケールの大きさ、情熱感、緊張感、それらを含むすべての感情の起伏の変化に富んでいる。
哀愁の旋律を奏でるバイオリンソロは、もう心がブルブルと震えてしまう。 

 5曲目の『ミケランジェロ’70』は、ライブハウスの名前から来ているが、構成はシンプルだが、唸るベースに注目してほしい。 

 このアルバムは、ピアソラ自信、これまでの生涯で作り上げたレコードの中で最高だと言う。そんなことまで言える作品なのである。 


 お次は、ライブ盤を紹介しよう。 『ライブ・イン・ウィーン』。 これは、82年オーストリアのウィーンにあるコンツェルトハウスでの録音である。

 
 ウィーン

 
 お勧めは、2・3・5・7・8曲目やな。

 2曲目の『ブエノスアイレスの夏』は、ピアソラの代表曲の一つで、素晴らしい感情表現は眉唾もの。一晩で書き上げた4曲のうちの1曲がこの曲だったと言う。  

 『ブエノスアイレスの夏』の映像です。

 3曲目の『カリエンテ』は、個人的に一番好きな曲である。軽快なリズムで凄く和む。これまでの緊迫感から開放されたような穏やかな空気が漂っている名曲です。

 5曲目の『リベルタンド』は、世間で一番知られている曲だろう。ヨーヨー・マの演奏するサントリーのCMで紹介され、当時の日本でもピアソラ人気が出てきたころである。 

 7曲目の『ブエノスアイレスの冬』は、ブエノスアイレス四季シリーズの中で、最も美しいと言われる作品。ジャズで言うエヴァンスのようなロマンチズムを感じる傑作だろう。

 そして、ラストを飾るのが名曲『アディオス・ノニーノ』

 最愛の父ビセンテ(愛称ノニーノ)に捧げた名曲だ。まるで映画を見ているような展開。ソロから始まり、徐々に躍動感を増す。そして、最後はこれでもかというほどの叙情的な盛り上がり。やあ、凄いとしかいいようがない長作です。 

 アディオス・ノニーノ』の映像はこちら

 さて、本日はピアソラさんを紹介してきましたが、その他にもいいアルバムがあります。

 映画“ブエノスアイレス”に使われた曲を収めた『ザ・ラフ・ダンサー・アンド・ザ・シクリカル・ナイト』

 五重奏団として最後に書かれた『ラ・マーモ:情熱的挑発の孤独』などもう山ほどあります。 

 ラカモ


 関連する作品としては、ヨーヨー・マ『ソウル・オブ・タンゴ』ギドン・クレーメル『ピアソラへのオマージュ』が有名である。

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 ピアソラの音楽は、ブラピが出演していた“12モンキーズ”ウォン・カーウァイ監督“ブエノスアイレス”など映画界にもいまや浸透しており、一つのジャンルとして確立したようです。 

 872819112.jpg

 もし、一番会いたいアーティストと言えば、私は彼に他なりません。 

 もう、他界しているため実らないのですが、ピアソラの音楽ほど、ヒトの本能を振るえ立たせる音楽はないのではないだろうか。 

 人間の持つ感情欲望を見事に表現し、一つのジャンルを確立したピアソラには、感銘するばかりだ。

 最後になりましたが、貴重な映像をご覧いただきお別れです。ピアソラとヨーヨー・マの競演ですので、よくご覧くださいね。感動しますよ。

 それでは、本日はピアソラをご紹介いたしました。お付き合い頂きありがとうございました」

 『リベルタンゴ』奇跡の競演はこちら



 
 ※ なお、当社の概要については、2007年9月28日の報告をご覧下さいませ。

 
 
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