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 先日、実家に帰る際、横浜からバスに乗った。

 深夜バスと言うことで、夜の横浜駅をぶらりと散歩してみた。

 横浜駅西口をさらに南方面に行くと、大きな繁華街がある。

 そこは、パルナードと呼ばれる通りを中心にさまざまなお店が軒を連ねていた。

 この通りにちょうど橋の架かるところがある。その川沿いに突如、屋台見えた。(エッ!こんなとこに?)

 小さな堤防に寄り添うように六件ほどのプレハブが並んでいた。

 どの店もおでん屋らしい。

 結構お客の入りは良いようで、オイラは空いているお店を見つけると、さっそく一軒のお店の暖簾をくぐった。

 「いらっしゃい」

 70歳以上はいっていそうな派手な紫の衣装に、イタリアおばさん顔負けの体型のおかみさんが迎えてくれた。他に従業員か友達がわからないおばさんが二人カウンターの向かいに座っていた。

 お客はというと、中年のカップルが一組。ちょうどカウンター右端に腰を据えていた。

 オイラは、カウンターの一番左に陣取った。

 「お兄さん、何飲む?」

 「ビールもらえますか?」

 「あいよ」

 おかみさんは、ビールを取り出すと、グラスについでくれた。

 「すいませんね。わざわざ」

 「いいえ。おにいさん、これから山にでもいくの?」

 「いや、実家に帰るんですよ」

 オイラは、ちょうど旅行用の大きなザックを持っていた。

 家に帰るにあたり、服を入れるカバンを探してみたが、ちょうどいいのがなかったので、登山にも使える45Lのザックを選んだのだ。

 ビールで一息つくと、目の前に浮かぶおでんくんたちを物色した。

 「すいません。おでんもらえますか?」

 おかみさんは立ち上がり、オイラの指差す代物を小皿に上げていく。

 「からしは付ける?」

 「はい、お願いします」

 「これ自家製やからね」

 「からしが?」

 「そうよ」

 「結構こだわってますね」

 すると、彼女は滑らかに話し出した。

 「昔はこの辺りにも40件程の屋台があってね。おばさん何年やってると思う?もう、かれこれ40年以上この商売してるよ。そやから、そんじゃそこらの商売しているヒトには負けないよ。でなきゃ、ここまでやってこれないからねえ。で、あんさんは、これから深夜バスに乗っていくわけだ?」

 「はい、そうです」

 オイラは、自家製のおでんを味わい、おばさんの話に耳を傾けていた。

 頼んだおでんを四品食べ終わるころ、中年のカップルが腰を上げた。

 とうとうオイラだけになった。

 おばさんが、さっそく話しかけてくれた。

 「どこまで帰るの?」

 「三重までです」

 「バスの中は寝れるの?」

 「正直、あんまり寝れないですね」

 「何時間かかるの?」

 「だいたい六時間ですね」

 「大変だねえ」

 まもなく、店内の三人の客人が入ってきた。

 男二人、女性一人の30代くらいの人たちだ。

 ちょうどオイラの隣の女性が座った。

 おばさんは、客人に注文を聞く。

 しかし、彼はすぐには答えない。(何でやろ?)

 すると、彼らは話し始めた。

 それが、中国語であるのがわかった。

 どうやらカメラをぶら下げた一人の男性は、少し日本語ができるようで、片言の日本語で「ビールをください」と言った。

 そして、おばさんはその男性に話しかけた。

 「お兄さんどっから来たの?」

 「台湾です」

 すると、おばさんは嬉しそうに話し始めた。

 「昨日もチベットかどっかの外国人がたくさん来てくれてねえ。何しゃべっているのかぜんぜんわからなかったけど、簡単な英語でvery goodやったよ、へへへ」

 オイラは、軽く笑みを浮かべた後、口を開いた。

 「そんなに外国人来るんですか?」

 「ああ、manymany来るね」

 「やはり屋台は外国人にとっては入りやすいですからねえ。こういったお店が本当は大切なんですけどね」

 すると、おばさんも同意したのか

 「こうやったって、ゆっくり話しできるのが、屋台のいいところよ。面と向かってしゃべる。これこそ屋台の醍醐味よ。それに外国人のお客でも何とか身振り手振りで通じるからノープロブレムさ。ハッハッハッ」

 そうしている間に、彼らにおでんが振舞われていく。

 オイラは、その食する姿を見て話しかけた。

 「ハオツー?」

 すると、彼らは

 「ハオツー」と返してくれた。

 以前オイラは雲南省に行ったことがある。その際、少しでも話せるようにと、中国語を少し覚えてみた。

 しかし、美味しいと言うのは、“ハオチー”と習ったのだが、現地では“ハオツー”と言っていた。

 地域によって言葉は代わるとは思うが、いまだにどう違うのか知らないでいた。しかし、通じたようだ。

 それからはいつものように国際交流を始めた。

 彼らは日本に来て18日目らしく、近くにある国際ホテルに泊まっているという。日本の大手電機メーカーに仕事に来ているらしく、しばらく滞在しているという。

 彼らとの会話が進む中、カメラをぶら下げた男性が立ち上がり、おばさんに話しかけた。

 「写真撮りませんか?」

 「あら、仕方ないね」

 彼はおばさんを撮り終えると、仲間とオイラを撮り始めた。

 その後、すかさずオイラもバックからお返しに撮ってあげた。

 ふと、おばさんの背後に写真が飾ってあるのが目に付いた。ちょうど、二人の女性が並んでいる写真だ。

 「写真の右側はおばさんなの?」

 「いやねえ。お兄さん嬉しいこと言ってくれるね。どう見ても私は左に決まってるよ」(ちょっと喜んでくれたかな)

 「そんじゃあ、右のヒトは誰なんです?」

 少し遠いので、肉眼では確認できないでいた。

 「女優さんよ。たしか伊藤伊藤。んー。まいこさんよ」

 「エッ!マジで」

 「そう、以前お店に来てくれたときに撮った写真よ」

 何を隠そうオイラは以前伊藤麻衣子“今はいとうまいこ”の大ファンであった。(以前かよ)

 芸能人で二番目に好きになったのが、彼女なのだ。

 ちなみに一番最初は、大場久美子

 忘れもしない小学三年生の時の話。彼女はその時引退を発表した。

 ファンだったオイラは、両親を引き連れ。わざわざ長島スパーランド(三重県長島町にある中部圏一の遊園地)で行われた引退コンサートまで無理やり付きあわした程好きだった。

 偶然なのか、初めて高校の時付き合った彼女の髪型は、当時の大場久美子とそっくりであった。

 さて、話を戻そう。そうそう。伊藤麻衣子である。

 小学生の時に見ていた『高校聖夫婦』『不良少女と呼ばれて』が大好きだったのだ。お互いを呼び合うせりふが多くて、今でも“しゅん”や“しょうこ”そして、“てつやさん”のフレーズが浮かんでくる。

 当時の大映テレビ作品は、どれも良い作品で、今を思うと懐かしいのである。

 さてと、おばさんから写真を撮った時のエピソードを聴きながらも、どんどんビールは減っていく。

 いつしかおばさんもグラスになみなみ注いでいる。しかも紫煙を曇らせているではないか。

 そしてさらに、おばさんの舌は滑らかになった。

 「おばさんいつくか知ってる?これで74よ。ビールも飲めるし、お酒も飲める。おまけによくしゃべる。元気がとりえだけどね。ハッハッハッ!」

 何と豪快なんだろう。

 こうして、我々の楽しい時間は瞬く間に過ぎていく。

 やがて、彼ら三人組は腰を上げた。また、近いうちに写真をおばさんにもってくると言い残し、横浜の夜の街に溶けていった。

 一人になったオイラもそろそろおいとますることにした。

 「すいません、ご馳走さまでした」

 「どうもありがと。また来て頂戴ね」

 「はい、もちろん」

 おかみさんにお金を払うと、飴が返ってきた。

 「わざわざすいません」

 「いいのいいの」

 すると、さらに冷蔵庫をあさっていると、今度はチョコレートを差し出された。

 「ほんとすいませんねえ」

 さらにである。ポケットテッシュと紙おしぼりが三つずつ渡された。

 「何かいろいろとすいませんねえ」

 「あって困るもんでもないし、カバンに入れときな」

 彼女の人柄がそうさせるのであろう。

 バスの時間にはまだ少しある。

 オイラは、お店を後にすると、喧騒たる夜の街をしばらく徘徊していた。





 

 

 



 

 

 

 

 

 



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05.17 (Thu) 22:49 [ 未分類 ] CM0. TB0. TOP▲
  
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